アマゾンのレビューに、藤田怡与蔵さんに関する記述はほんの一部で、大半が著者(海軍兵学校の7期後輩)の主観に基づく記述ばかり・・・といったことが書いてあったのを覚えていたので、買う際にちょっと躊躇した。
だが冒頭およそ3ページの藤田怡与蔵さん自身の「序文」と、戦争末期にパイロットとして「現場」に出た著者が邂逅した他の有名パイロットとのエピソードの幾つかで十分納得。後悔なし。
序文に
「太平洋戦争中、不思議に幾度か危機を脱した経験から、自然に人間を超越した大きな力のようなものを感じるようになった。
それは、神であるか、仏であるか判らないが、それ以上のものであるような気もする。山に例えれば、頂上に真の力があり、各宗教は頂上に到着しようと各登山口からの登山道を示しているように思える。したがって私は各宗教は信じるが、一宗教の信者にはなれない。私は私なりに、早く他界した父母の霊が護ってくれたものと思うようにしている。」とある。
こういうメンタリティを持つことになる人物であればこそ、苦難困難を切り抜けられ89歳で天寿を全うされたのだろう。いわゆる「持っていた」のだ、おそらく。
ミッドウェー海戦時、機動部隊の上空直衛として活躍。うまい具合に同一射線上に並んで空母へ殺到する敵機に対して、角度を合わせて上から機銃を撃ちっ放しに通過することで複数機を撃墜(忙しくて正確には確認していられない)、同時に敵の投弾と魚雷発射を再三かき乱すなど活躍していた藤田機が再び上空へと戻ろうとして高度を上げつつあった矢先、よもや味方空母の対空砲火が墜としてしまう悲運。
藤田機が被弾しコクピットから脱出した時点では日本の空母群はまだ無事だったそうだが、パラシュートで着水して見ると、空母から煙が上がっていたのだという。
つまり味方の誤射がなく、藤田機が上空へと戻れるか戻る途中で空母の甲板に命中させた急降下爆撃機とすれ違うことが出来ていれば、少なくとも3隻ほぼ同時に被弾するのは防げていて、或いはどれか1隻は無事であった可能性を妄想したくなるのであった。で、その時はまだ無事だった空母「飛龍」との2隻体制が維持できていれば、後々の展開も少しは・・・と。
「持っていた人」を味方が誤射しちゃうんだもの、海戦で大敗やむなし宜なるかな、と感じたのであった。
この藤田怡与蔵さん。チャイナの天津で医者をしていたという父上氏も大物だったようであり(日本&チャイナ双方に太いパイプを持っていたそうな)、亡くなられた昭和13年に蒋介石から葬儀に弔旗が送られたとのこと。
日中のパイプを破壊したい勢力(ソ連と日本陸軍内にいたソ連の手先)による謀略の香りもしないでもないな・・・と。息子さんがミッドウェー海戦時に味方からの誤射をくらっていることを思うと、運命的に父上氏も日本サイドのソ連のスパイにやられた可能性を思ったりも・・・。
