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講談社現代新書「古事記と日本書紀」を読了

講談社現代新書古事記日本書紀」(神野志隆光著)を読了。

古事記日本書紀に書いてあるらしいことは漠然となんとなく一応イメージ出来るものの、これこれこうだ!とビシッと完全に認識できているか?というと、全然自信はないしさほどしようとも思わない。

であるけれど、せっかくだから両者(古事記日本書紀)についてまとめてあるであろう本を手っ取り早く読んでみようじゃないの!・・・という思惑でこれを通読してみたわけだが・・・。

著者は「記紀」は天皇神話だ!と述べている。まあたしかに、そういうイメージこそが、「記紀」に対してそんなに詳しく理解していなくとも別に構わんでしょ、漠然としたもので十分・・・という風に無意識的にさせているのではないか?・・・とあらためて感じたりも(天皇さんを否定しとるのではなく)。

古事記の冒頭では神々の名前が次々に書かれているということで、いの一番真っ先に名前が上がっているのは「天之御中主神」。真っ先にリストアップされていながら、それ以降では詳しく触れられていない(日本書紀では出てもこないという)というのが結構ミソではないか?・・・とも漠然と考えてきた。

秘すれば花」という言葉もあるように(by 世阿弥)、最初に名前が出ていながら以降では「ダンマリ」なのは実に怪しい話だ。何か意図があるに違いない。こうして考えてみると、重ね重ねやはりキーポイントは天之御中主神だな!と思っちゃうわけだ。平田篤胤さんのごとく?

とはいえ、日本神話のスーパースターは天照大御神。その天照大御神さまが祀られている伊勢神宮には何度も訪れていてすっかりファンになっている。記紀という書物に記載されている「存在」をベースに成り立っているリアル空間。そこに慣れ親しめている幸福たるや。

四の五の言わず、がたがた抜かさず、お伊勢様を、そして伊勢神宮界隈のお気に入りの神社さん(月読宮など)も含めて、ありがたく思っておこうじゃないのというのが読了後の率直な気分。

というかさまざまな神名が繰り返し書かれている書物ゆえなのか?、手に持っているだけでちょっとうっとり気持ちが良かったりする。気のせいであってもそんな気がするのがオツ。